「父の遺言書が見つかったが、認知症だった時期に書かれたもので有効なのか」「遺言の内容に納得できないが、どうすればいいのか」――これらは遺言書をめぐるトラブルとして実際に弁護士事務所や裁判所に持ち込まれる相談です。
遺言書は正しく作成すれば家族を守る強力なツールですが、方式の不備や内容の不備があると、かえって家族間の争いの火種になります。この記事では、遺言書で実際に起きているトラブルとその具体的な防ぎ方を、判例・法的根拠とともに解説します。
自筆証書遺言が無効になるトラブル
遺言書のトラブルで最も多いのが「方式の不備による無効」です。自筆証書遺言は手軽に作成できる反面、民法968条の要件を1つでも満たさないと法的に無効になります。
実例:「令和○年○月吉日」で無効に

父が遺した自筆証書遺言の日付欄に「令和5年3月吉日」と書かれていました。内容は問題ないのですが、この遺言書は有効でしょうか。

残念ながら、「吉日」という記載では日付が特定できないため無効と判断される可能性が極めて高いです。最高裁の判例でも「○月吉日」は日付の特定ができず、自筆証書遺言の要件を満たさないと判断されています(最判昭和54年5月31日)。日付は「令和○年○月○日」と正確に書く必要があります。
無効になる典型的なパターン
防ぎ方
法務局の遺言書保管制度を利用する
法務局職員が形式面の外形的なチェックを行います。ただし内容の有効性は保証されないため、不安がある場合は弁護士に内容を確認してもらうのが確実です。手数料3,900円です。
公正証書遺言で作成する
公証人が方式を確認するため、形式不備で無効になるリスクがほぼゼロになります。費用はかかりますが、最も確実な方法です。
遺言能力をめぐるトラブル
遺言が無効とされる理由で裁判上最も多いのが、実は方式不備ではなく「遺言能力の欠如」です。認知症の進行した状態で作成された遺言書は、たとえ公正証書遺言であっても無効と判断される場合があります。
実例:認知症が進行した父の公正証書遺言が争われたケース

亡父が遺した公正証書遺言で、遺産の大部分が長女に相続される内容になっています。しかし遺言書作成当時、父は認知症の症状が進行しており、日常会話もままならない状態でした。公正証書遺言でも無効を主張できますか。

公正証書遺言であっても、遺言作成時に遺言者に遺言能力(事理弁識能力)がなかった場合は無効になります(民法963条)。医療記録(長谷川式認知症スケールの点数、介護認定の資料等)が重要な証拠になります。実際に、重度のアルツハイマー型認知症を理由に公正証書遺言が無効と判断された裁判例もあります。
遺留分をめぐるトラブル
遺言書が有効であっても、その内容が特定の相続人に偏っている場合、遺留分をめぐる争いが起きます。遺留分は法定相続人に保障された最低限の取り分であり、遺言によっても奪うことはできません。
実例:「全財産を長男に」で兄弟間のトラブルに

父の遺言書に「全ての財産を長男に相続させる」と書かれていました。次男の自分には何も残されていません。遺言どおりに従うしかないのでしょうか。

遺言自体は有効ですが、次男であるあなたには遺留分があります。配偶者+子2人のケースでは、子1人あたりの遺留分は遺産の1/8です。相続開始と遺留分侵害を知った日から1年以内に「遺留分侵害額請求」を行うことで、金銭での支払いを求めることができます(民法1046条)。
遺留分トラブルを防ぐ遺言書の書き方
遺留分を侵害する遺言も法律上は有効ですが、トラブルを避けるなら遺留分の範囲内で配分を決めるのが賢明です。やむを得ず遺留分を侵害する場合は、付言事項でその理由を丁寧に説明しておくと、相続人の納得が得やすくなります。例:「長男には同居して介護をしてくれた感謝として多くを残します。次男には預貯金を渡すことでバランスをとりました」。
遺言書の偽造・隠匿トラブル
自筆証書遺言を自宅で保管している場合、偽造・変造・隠匿のリスクがあります。民法891条5号では、遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した者は相続欠格となり、相続権を失うと定めています。
偽造が疑われる場合の対処

父の遺言書が見つかりましたが、筆跡が父のものとは思えません。偽造ではないかと疑っています。

偽造が疑われる場合は、家庭裁判所に遺言無効確認調停を申し立てることができます。筆跡鑑定が有力な証拠になります。遺言書を偽造した者は相続欠格(民法891条5号)で相続権を失うほか、有印私文書偽造罪(刑法159条、3ヶ月〜5年の懲役)にも問われます。
偽造・隠匿を防ぐ3つの方法
1. 法務局の遺言書保管制度を利用します(改ざん・紛失リスクゼロ)。2. 公正証書遺言で作成します(原本は公証役場で保管)。3. 自宅保管の場合は信頼できる人に保管場所を伝え、遺言書の存在を家族に知らせておきましょう。
証人の欠格トラブル
公正証書遺言で意外に見落とされがちなのが、証人の欠格事由です。
実例:推定相続人の配偶者が証人になっていたケース

父の公正証書遺言の証人に、長男の妻が入っていたことがわかりました。長男は遺言で財産の大半を受け取る指定がされています。この遺言書は有効ですか。

推定相続人・受遺者の配偶者と直系血族は証人になれません(民法974条2号)。長男が受遺者で、その妻が証人になっていた場合、証人の欠格事由に該当し、遺言が無効になる可能性があります。証人は必ず欠格事由に該当しない第三者に依頼してください。
遺言書が見つからないトラブル
遺言書を作成しても、相続人が存在を知らなければ意味がありません。自宅保管の遺言書は、本人の死亡後に見つからないまま遺産分割が進んでしまうケースが実際にあります。
1. 法務局保管制度の「死亡時通知」を利用する
遺言者の死亡時に、あらかじめ指定した相続人等に通知が届きます。存在を確実に伝えられます。
2. 公正証書遺言の検索システムを活用する
公正証書遺言は日本公証人連合会の遺言検索システムに登録されます。相続人であれば、全国どこの公証役場からでも遺言の有無を照会できます。
3. エンディングノートに保管場所を記録する
遺言書の保管場所(法務局名、公証役場名、自宅の金庫等)をエンディングノートに記載し、家族に伝えておきましょう。
まとめ:遺言書トラブルを防ぐ5つの鉄則
遺言書のトラブルの大半は、作成時の注意で防ぐことができます。
1. 方式要件を厳守する
全文自書・正確な日付・署名・押印が必須です。不安なら公正証書遺言で作成しましょう。
2. 判断能力があるうちに作成する
認知症の進行後では遺言能力を争われるリスクがあります。高齢者は医師の診断書を添付しておきましょう。
3. 遺留分を考慮した内容にする
偏った配分にする場合は付言事項で理由を説明しましょう。
4. 法務局保管制度または公正証書遺言で保管する
紛失・改ざん・偽造のリスクをゼロにできます。
5. 遺言書の存在を家族に伝えておく
保管場所と遺言執行者を家族に知らせておきましょう。エンディングノートと併用するのが効果的です。
遺言書作成の正しい手順は「遺言書作成の完全ガイド」で詳しく解説しています。
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